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働くをテクノロジーで変える〜Hatatech Project〜

働くということ。インターネット、コンピューター、AI、雇用制度のゆらぎゆえの大企業・安定志向、起業のすすめ、フリーランス・ノマド、プロボロ、ダブルワーク、こんなワードが入り乱れる激動の時代にどうしたら皆が情熱を持ち、幸せに働けるのかを考える。思考の跡。

1人の働き方が変わったところで

1人の働き方が変わったところで、社会には影響を与えられないし何の意味もないと思っていた。

今は働き方が自由な時代だから、自由にやってる人は自由にやってると。

その代わり高い年収を捨てているのか、もしくは明日仕事がなくなって食うのに困るかもしれないなんてことを1ミリも考えなくて良い安定を捨てているのか、と。

 

それよりも企業で社畜として働く人たちにもっと夢や希望を与えたい、そう思っていた。だって見ているといかにもつまらなそうに仕事をしているし、社内政治への対応が仕事そのものみたいだし、楽しみと言えば仕事後のカラオケか飲み会で、高いものを食べてベロベロに酔っ払うことくらいにしか見えず、休みの日まで会社の人たちとゴルフに行ったりして…。

何が楽しくてそんな毎日を送ってるんだろうと、不思議に思うのだ。いやいやそんな毎日が実は幸せなんだよ、と言われればそうなんだろうが、自分だったら死ぬ時絶対後悔するなと思う。

だから働き方が変わるというのは、夢や希望を持てる1つの手段なんじゃないかと思っていた。今は会社に、心も体も時間もお金も尽くすような時代じゃなくて、むしろ社会により良いサービスを生み出すために何ができるのかを個人単位で実現していく社会なんだって。日本の大企業のサラリーマンが飲み会とかに時間とお金を使ってる間に、世の中は目まぐるしく変化していて、もは消費だけしているほとんどの人がパソコンやインターネット関連のサービスの奴隷になってしまっている。

 

自分の世代だけならまだ生き延びれるかもしれない。まぁあと20年くらいは潰れなそうな会社に入ってそこで頑張って稼いで小貧乏くらいで老後を過ごすという方法だ。これは振り切れていて悪くない。私たち世代はギリギリいけそう。でも子どもや孫の世代はどうだろう。そしてましてや社会全体で考えた時の自分の価値を考えたら虚しく感じる。

 

人が無性に何かに頑張れる時、深層心理は2つあって、1つは危機感。もう〆切が迫っている、とにかくこの日までにこれをやらなきゃヤバいことになる!ってやつ。

もう1つは未来を信じられる時。これを頑張ったら自分はもっと成長できるとか、次のステージに行ける、という努力していれば絶対に◯◯ができるようになる!給料が上がる!とか誰々と付き合える!と思える時。売れない役者やミュージシャンとかそうなのかなーと思う時がある。もちろん演じることが好き、音楽が好きという前提だけれども。今は売れてないけど自分はいつか絶対売れるはずと、自分を、そして自分が成功している未来を信じられる限りは続けられる。でもふと、こんなことは全て無駄なんじゃないか、何の意味もないんじゃないか、自分は長年何をやってきたんだろうと、自分を信じられなくなった瞬間、人は努力をすることができなくなる。

いわゆる腐ってしまう、という状態。

 

腐らずに信じられる時って不思議なくらい身体の奥から力が湧いてきて

色んなことを前向きに取り組もうと思えるし、実際に邪念なく取り組める。

邪念は簡単に言えば、テスト勉強しなきゃいけないのに夜中に掃除し始める

あの現象ですね。

 

まぁうだうだ書いてきましたが、そういうことを自分は今信じていて、

多分今年は色んなことができるようになると思う。

スキルという面でも一段階上にいけると思う。

だけど、自分の働き方を変えていない人が、

そもそも人の働き方や世の中の働き方を変えられるんか!?って

やはり思って、反省した。ということ書きたかったです。

 

自分一人変わっても意味ないと思っていたが、やってみようか。