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働くをテクノロジーで変える〜Hatatech Project〜

働くということ。インターネット、コンピューター、AI、雇用制度のゆらぎゆえの大企業・安定志向、起業のすすめ、フリーランス・ノマド、プロボロ、ダブルワーク、こんなワードが入り乱れる激動の時代にどうしたら皆が情熱を持ち、幸せに働けるのかを考える。思考の跡。

良い悪いという今の自分の判断は果たして正しいのか

今自分が信じていること

今、信じている想いとか世界とかがある。として、それは本当に正しいのか。正しいのかという言い方は語弊があるけれど、自分がこうしたい、ああしたいと思うことや、これは良くてこれは悪いと判断していることが山ほどある。今、悪い、無駄、意味がない、くだらない、もっと思いを持てと思う人たちとは関わりを断とうとしているし、逆に今自分が尊敬できると思う人たちとは関わりを持とうとしている。その判断基準がかなり自分の中では差が激しい。

 

くだらない人たちとは、テレビばかり見ていたり、仕事以外では何の努力もしていない、友人や会社の人と飲み会ばかりしている、要するに消費するだけして娯楽を享受しているような人間。働いているのは私の中で当たり前なので働いていて偉いとか微塵も思わない。働いていてかつ、どういう思いなのかってことだ。

逆に尊敬できる人、関わりたいと思う人たちは、やっぱりやりたいことに向かって行動、努力している人、志がある人。最近はそんな思いから、前者にあたる人を見るとイライラしてしまう。でもその判断基準って今後数十年もずっとそうなのか??ということを考えてみる記録。

 

これまでの経験が今の自分

たぶん色んな経験、トップになったり、挫折したり、人にバカにされたり、大切な人ができたり、大切な人を失ったり、誰かを尊敬したり、誰かを見下してしまったり、劣等感を感じたり、優越感を感じたり、そんなものさえ超越して自分はこれをやるんだと使命のように思えたり、人生とはなんなのか自分の命を何に使うべきなのか、そんなことを思い悩んだ本当に色々な経験が今の自分を形作っている。

よく言われるけど今の自分は過去の蓄積に他ならない。それ以外ないのだ。本当に。

 

考え方は変わるもの

だからまたこの先、色んな経験をすれば考え方が変わる可能性が大いにある。それでも今は今の信念が正しいと信じて進むことしかできないのだから、もちろん言葉尻も断言的なものになる。

それを数年後に見直して、自分を振り返れれば、その断言にも意味があったということだろう。

 

 

人生の判断軸が違うー自分の命をどう使うのかー

先日、国際機関で支援活動をしたいという高校時代の友人とランチをした。

高校の時から頭は良かったけど、そんな思いを持っているのは知らなかった。

彼女は新卒で入った証券会社を辞めて、2年間アフリカでボランティア活動をした後、

今日本に戻ってきている。

国際機関で働くとともに今後は自分でも団体を立ち上げたいということで

4月から大学院夜間部に2年間通い勉強をするそうだ。

 

ランチのほとんどは海外ボランティアでの笑える話をしていたけど、

時おり覗かせる支援に対するパッションを垣間見た。

 

いつからそんなに志高くなったのー!?なんて笑って聞いたけど、

心からその友達を尊敬した。

そんな心揺さぶれるランチから会社に帰り、周りを見渡してみた。

小綺麗な服を着て、コーヒーを片手に、日本OLの聖地丸の内で

彼氏がどうだ、不倫がどうだ、ここの化粧品がどうだ、上司がキモいだ、

クラブに行きたいだ、合コンしたいだ、早く帰りたいだ、なんて話を

キラキラしながらしている。

 

ザ・丸の内OL! まさに丸の内サディスティック!

 

「さっき会った友人と、ここにいる人たちは

人生の判断軸がまるで違う」

 

それが悪いとかじゃない。国際支援している人の方が偉いわけでもない。

国際支援したいと思うなんて、正直私には信じられないし、

まずは日本を支援したら?と思うけど、思うけれど、

でも新卒で入った大企業を辞めて国際支援のためにボランティアに実際に行き、

その後も努力して自分の目指す道を進む友人を目の前にしたら、

自分はそんなこと言う資格もないくらい努力していないのが恥ずかしくなる。

 

自分のこの命をどう使うべきなのか、そういう問題なんだろう。

 

1人の働き方が変わったところで

1人の働き方が変わったところで、社会には影響を与えられないし何の意味もないと思っていた。

今は働き方が自由な時代だから、自由にやってる人は自由にやってると。

その代わり高い年収を捨てているのか、もしくは明日仕事がなくなって食うのに困るかもしれないなんてことを1ミリも考えなくて良い安定を捨てているのか、と。

 

それよりも企業で社畜として働く人たちにもっと夢や希望を与えたい、そう思っていた。だって見ているといかにもつまらなそうに仕事をしているし、社内政治への対応が仕事そのものみたいだし、楽しみと言えば仕事後のカラオケか飲み会で、高いものを食べてベロベロに酔っ払うことくらいにしか見えず、休みの日まで会社の人たちとゴルフに行ったりして…。

何が楽しくてそんな毎日を送ってるんだろうと、不思議に思うのだ。いやいやそんな毎日が実は幸せなんだよ、と言われればそうなんだろうが、自分だったら死ぬ時絶対後悔するなと思う。

だから働き方が変わるというのは、夢や希望を持てる1つの手段なんじゃないかと思っていた。今は会社に、心も体も時間もお金も尽くすような時代じゃなくて、むしろ社会により良いサービスを生み出すために何ができるのかを個人単位で実現していく社会なんだって。日本の大企業のサラリーマンが飲み会とかに時間とお金を使ってる間に、世の中は目まぐるしく変化していて、もは消費だけしているほとんどの人がパソコンやインターネット関連のサービスの奴隷になってしまっている。

 

自分の世代だけならまだ生き延びれるかもしれない。まぁあと20年くらいは潰れなそうな会社に入ってそこで頑張って稼いで小貧乏くらいで老後を過ごすという方法だ。これは振り切れていて悪くない。私たち世代はギリギリいけそう。でも子どもや孫の世代はどうだろう。そしてましてや社会全体で考えた時の自分の価値を考えたら虚しく感じる。

 

人が無性に何かに頑張れる時、深層心理は2つあって、1つは危機感。もう〆切が迫っている、とにかくこの日までにこれをやらなきゃヤバいことになる!ってやつ。

もう1つは未来を信じられる時。これを頑張ったら自分はもっと成長できるとか、次のステージに行ける、という努力していれば絶対に◯◯ができるようになる!給料が上がる!とか誰々と付き合える!と思える時。売れない役者やミュージシャンとかそうなのかなーと思う時がある。もちろん演じることが好き、音楽が好きという前提だけれども。今は売れてないけど自分はいつか絶対売れるはずと、自分を、そして自分が成功している未来を信じられる限りは続けられる。でもふと、こんなことは全て無駄なんじゃないか、何の意味もないんじゃないか、自分は長年何をやってきたんだろうと、自分を信じられなくなった瞬間、人は努力をすることができなくなる。

いわゆる腐ってしまう、という状態。

 

腐らずに信じられる時って不思議なくらい身体の奥から力が湧いてきて

色んなことを前向きに取り組もうと思えるし、実際に邪念なく取り組める。

邪念は簡単に言えば、テスト勉強しなきゃいけないのに夜中に掃除し始める

あの現象ですね。

 

まぁうだうだ書いてきましたが、そういうことを自分は今信じていて、

多分今年は色んなことができるようになると思う。

スキルという面でも一段階上にいけると思う。

だけど、自分の働き方を変えていない人が、

そもそも人の働き方や世の中の働き方を変えられるんか!?って

やはり思って、反省した。ということ書きたかったです。

 

自分一人変わっても意味ないと思っていたが、やってみようか。

 

 

Wantedlyは最高だけど、やはり大切なのは実力だった件

Wantedlyとは

知っている方も多いと思うが、Wantedlyは転職サイトの近未来版みたいなものだ。と私は思っている。ちゃんとした詳しい説明はこちらを参照してください。

 

http://saiyo-tebiki.com/wantedly01/

 

 

Wantedlyの良さとは

 

実際に転職を考えている人だけでなく、ちょっと話を聞いてみたいというだけでも会社訪問が可能なところがポイント。私もWANTEDLYを使ってかなり多くの会社を訪問し、企業の方とお話しさせていただいた。私は転職ではなく、ダブルワークを希望していたため、まさにWANTEDLYは最適だった。普通は時間とコストを無駄にしないために転職する気のない人とは、企業は会わない。だが、WANTEDLYの目指すところは堅さにこだわらず、興味のある分野に人が集まり、仕事をすることになるという流れだ。その過程で会社が結果的に変わる人もいるし、フリーランスならばコラボ企画がうまく回る、そんなイメージではないだろうか。

 

使ってみて、実際どうだったのか

本当に色々な会社があり、私のように長年1つの会社に勤め続けています、という人間にはとても刺激的だった。ただ気軽に訪問ができるというだけで、そのあとは自分次第という当たり前のことも実感した。やりたいことが明確か、そしてそれができる技術があるか、何が武器なのか。そこがちゃんとしていないと生まれるものも生まれない。

 

最高の出会い

出会った企業の中で、本当に感謝し尊敬している会社がある。いつか許可をもらい、お名前を出したいと思うが、とにかく人間的にステキすぎる人。色んな事情の人を、社長のアンテナで雇っている感じ。もちろんスキルを重視する場面もあると思うけど、それよりも人を見てくれている。面倒見がとてもよく、また独立やフリーランスになりたいという人にも自分の経験や知識を惜しげなく伝えて、成功を祈ってくれる人。私のことも快く迎えてくれた。

技術やスキルでお返しできないのがツライのだが、今phpを猛勉強中なのでお役に立てる日が来るよう頑張りたい。

 

そう考えると、今まで人によっては簡単には作れなかった仕事を通しての人との出会いの場を、爆速的に増やせるのも、Wantedlyの良さなのだろう。

 

そう、実力さえあれば。

逃げるは恥だが役に立つを見て

通称『逃げ恥』

めちゃ流行っていたが全く見てなかった。普段私はテレビを見ない。テレビで時間を浪費するのが嫌だから。だからドラマも見ない。会社でどれだけ見てないの?!?と言われたことか。

もともとはドラマや映画が大好きだった。その業界に行きたいと思ったこともあったし、特に演技についての探究心は今も無くなることはない。

信じられる演技とそうでないものは、どう違うか。このことを大学時代は考え続けていたように思う。

会社に勤め始め、映画に対する情熱も薄れ、見ていない時が多かったが、もともとは好きなので見るとだいたいはハマってしまう。

そして今回も案の定、ハマってしまったのだった。昔、モテキの映画を見た時もハマったなぁ。。決まって長い休みがあるときに特にそうなりがち。

 

なので、自分なりに『逃げ恥』を振り返り、心の整理をつけたいと思う。いろんな側面からの語り方があると思うが、私はドラマのテーマ、演技、配役について書いてみる。

 

何でこんなに流行ったの??

これに関しては原作のテーマが今の世相を反映しまくり、女性ならみんな思うことを、ど真ん中でドーンっっ!と取り上げたから、、だと思う。契約結婚って突拍子もないことだけど、今多くの人が男女の働き方とか家庭内での役割に頭を悩ませている。今後の働き方はどう変わるかわからないし、今や専業主婦は一定の富裕層富裕層にもレベルがあるが、まぁ中流富裕層のイメージ)にしか許されない特権となり、共働きが圧倒的に増えていて、出産育児で会社をやめない女性がマジョリティ。そんな変化の波の中に私たちはいる。核家族が少なくなり、家庭の形は随分変わってきたが結婚の形はどうか、を問う物語なのだ。

ドラマではつつましく隠してきた結婚のメリット・デメリットを数値化し、数値的にメリットがあるから結婚しましょう。みたいな本当は思ってるけど大きな声で言えないことを言っちゃう。そんなファンタジー要素が人気の秘訣なんだろう。

2人が堂々と真正面から結婚という制度やそのことのメリット・デメリット、お互いが実現したい暮らしをしっかり主張し、話し合う。しかもかなりシステマチックに。ここがポイント。このシステマチックな要素は結婚ではタブー化されていたように思うけど、お互い恋愛感情なしで生活がスタートしているのでシステム構築がハマる。一昔前の仮面夫婦とも印象は異なり、関係はドライ。嫌いでもなく好きでもないけど、お互い人として思いやっている。

あと主役の2人の既存のルールに縛られない大胆な行動が肝でもある。そもそも女性から、「雇う形の契約結婚はどうでしょうか?」とか言われて、普通男はひくでしょう。そして細かいメリデメの計算数値見せられたら普通女もひくでしょ。

2人の利害が一致しても、普通は契約結婚しない。でもかなりのリスクを背負ってでも契約結婚を2人に決意させた背景には、システマチックに割り切って生活しようという提案とは真逆の『人間臭さ』が隠れてる。誰かに選ばれたい、そして誰かとともに生きていきたい、という強い人間臭い欲望が根底にある。だから支持される。

 

あとは当たり前だけどガッキーのかわいさ、星野源のかわいさが最強だったんだろう。ガッキーも「かわいいは最強」を力説してたし。平匡さんのウジウジ具合と、みくりのさっぱり具合のバランスも現代の象徴みたいで。しかも平匡さんが話し合いを嫌がらず、むしろ積極的なのが、またいい。

 

新垣結衣星野源の演技は?

演技については、良い演技と悪い演技の答えが私の中にはないし、好き嫌いが大きく反映されてしまうので何とも言い難いけど、感じたことをいくつか。

 

ガッキーの演技

ガッキーは好きでも嫌いでもなく、かわいいなぁと私は思ってて、ドラマが面白そうだったら見ることもたまにある、レベル。リーガルハイとかかなり評判良かったみたいだけど、見てなくて、昔好きだったのは、錦戸亮と出てた弁護士の卵で、薬師丸ひろ子の子ども(名前はひなたさん)の面倒を見ながら弁護士として成長し、錦戸亮ともハッピーエンドみたいなドラマかな。その時は演技について何も思わなかった。

 

今回の率直な感想としては、こんなに自然体で演技する人だったんだなぁ、という感じ。とても良い演技に思えた。特に石田ゆり子演じる百合ちゃんとの会話はオフショットですか?というくらいガッキーの言葉の出方が自然。とーーーっても良かった。可愛がってる、可愛がられてる感とか家族感が出てて。

コメディ満載の演技も全般的に面白かった。ハマってたし、こーゆー方向だと長く人気が続くのかも。恋愛ドラマしかできないと厳しいもん。なぜかふっと思いついたけど石原さとみはかわいくて好きだけど、頑張ってる感とかムリしてる感がある気がする。ガッキーは対照的だなぁと。

 

1番いいなと思ったのは、11話最終回での演技かな。これまでのニコニコ、気遣いもできる、波のようにさーっとひいて空気読める、そんなみくりから、小賢しいみくりへの豹変。イライラもするし、嫌味も言うし、感じ良く謝ることもできない。その演じ分けがグッときた。

きっと、ガッキーかわいいから見てた!っていう男性視聴者も、俺の彼女も付き合いたてはかわいかった!とかいう男性視聴者も、「あーよくあるよくある。女ってこうやって変わるんだよね」って思ってるんじゃないかなって思ったの。でもそりゃ変わるよ、環境が変わってるから、関係性が変わってるから。それをガッキーがストレートに表現してくれたのが気持ち良かった。みくりの人間性が伝わる良い演技だったなぁと。ドラマは回を重ねて、人物像が深まるところがいいよね。一番好きだったのは「家事は全部私が担当します。でもボランティアだから今日はできないなと思ったらやらないし、あれができてない、これができてないって言わないでほしい。だってボランティアだから!」こんな感じのセリフだったと思う。

 

星野源の演技

他の星野源を見たことがないので良くわからない、というのが正直なところ。でも大人計画所属だってネットで見て、さすが大人計画の舞台俳優って感じがした。かわいいキャラを完璧に守り通したところが良かった。本当の星野源とは別人だろう、たぶん。あと全編通じて彼の焦りの演技がすごく上手で、あれはやろうと思ってもなかなか簡単にはできないだろうなぁと思った。シェアをみくりに連発されて焦って醤油取る手を滑らせる、とぐろターボ隠すために自分を滑らせたり、ダイブする。みくりにキスしちゃった後に魚のキスを食べさせられて喉に詰まって平泉成みたいな声になる。キスがありだったとメールが来てケータイ落としそうになる。うん、秀逸。

演技ではないけど、平匡さんって性格めちゃくちゃいいよね??いや、たまに細かい男だな、とか意気地なしだなってとこはあるけど、人として真っ直ぐで純粋で、人をけなしたり、下に見たりしないし。たぶんこんな人現実にはいないよね。いたら厳しい現実の荒波を生き抜けなそう。プログラマーってそういう感じなのかしら。

平匡さんを見て、自分は本当に人として反省するとこあるなと思わされた。そりゃ平匡さんみたいないい人だったら、ガッキーに大好きって言われるわ。

 

配役について

このドラマの成功の大事な要素だと思う。ドラマとか映画が成功したり、人気出たらするのは、色んな要素があってそして運があると思う。要素としては話題性や宣伝の部分とか、脚本の面白さ、そして配役。イメージ通りの作品を作るには、脚本と配役がめちゃくちゃ重要だと私は思う。この人の代表的な作品はコレ!って当たり役、ハマリ役を俳優・女優さんに与えられる作品は、だいたいがヒット作だ。「世界の中心で愛をさけぶ」なら、森山未來長澤まさみ。「1リットルの涙」なら沢尻エリカ

その配役が今回は最高だったんだと。ガッキーと星野源。お互いがとてもハマリ役だったんだと思う。この2人以外にはありえない。主題歌も恋ダンスも、星野源がいなかったらなしえなかった。このドラマがこんなにヒットしなかったら、恋もそんなに売れなかっただろうなぁって言ってた人がいたけど、逆も然りで。恋という歌や恋ダンスがなかったら、このドラマはそこまでヒットしなかったのでは。そーゆーこの人じゃないと!コレじゃないと!ってのが何重にも重なって、作品はヒットする。それは簡単なようですごく難しい。

 

まとめ

逃げ恥のパロディもめちゃ好きだったけど、あんまりそれを話題にしてる人いなかったなぁ。個人的には、みくりが情熱大陸の取材受けてたはずが最後に「それが私の仕事の流儀。プロフェッショナルです。」と言いだして、突然プロフェッショナルの番組妄想に切り替わるのと、真田丸になぞらえた家事の合戦が意味わかんなくて好きだったなぁ。

 

とにかくこのドラマは、今の私にとってはとても深くて、勉強になりました。結婚とか仕事はこれからどうあるべきか、全ては相手との話し合いな気がします。

相手の価値観と自分の価値観、人生において何を大切にし、何を捨てるのか。

女性活躍

『女性活躍推進』

今やこの言葉を聞かない日はないのではないか。かくいう私の会社も当然女性活躍推進派でございます。LIFE SHIFTという本をチラ見した時も感じた、女性が働く上での障害って何なのか考えてみた。

働く上での障害と書いたけど、障害があるかないかは人の働くことの価値観による。上り詰めたいとか、極めたいとか、成し遂げたいとか、そういうのがない人には暮らしやすい社会になったんじゃないの?もしくはなっていくんじゃないの?って思う。

男性的視点に立てば、女性というだけでともすれば優遇されているように見えるんじゃないかな。実際そうだと思うこともある。だって男性は男性活躍推進とか言われず、制度整えようとか、もっと働く機会をとか言ってもらえないわけだから。ただただ歯を食いしばって、働く。

 

でも女性的視点に立てば、出産子育てによるキャリアの中断はかなり重い問題だろう。業務効率化とか、ワークライフバランスとか言われていて、それこそ電通の件で超過労働に対する風向きは厳しくはあるものの、顧客の立場ならそりゃ連絡取ったらいつでもすぐ動いてくれたり、Amazonみたいに鬼のようなスピードで配達してくれたりする方がありがたいわけで、結果長時間労働者が顧客を獲得することは間違いない。

会社内での昇進も然り。何で働いてないあいつの方が昇進するんだ、って思う人は当然いるし、すぐに動ける部下を高く評価する上司も当然いるだろう。

根底ではそんな思惑が渦巻いている世の中だから、女性が長期的にキャリア志向で働こうって思った時にそもそもやりがいとかじゃなく、長く働きやすい職場を選ぶということが起こってくる。

これがすごく違和感。

長く働きやすい職場ってもちろん男性にとってもブラック企業ではないという意味で重視する人はいるだろうけど、例えば子育てしやすい会社とかそういう基準で会社選んでる人をほぼ見たことがない。

どうして女性だけが、産休育休制度が整っていて、出産後も働きやすいということを考えて会社を選ばないといけないのか。いや、そういう基準で選ばなかったらええやん!と言われそうだけど、そうすると正社員じゃないなど待遇面が良くなかったり、結婚、出産の時期に転職しずらかったり、結果パート的な融通がきくけど給料もやりがいも低い仕事につかざるを得ない。もしくは産後2週間で復帰するyahooのメイヤーのようなスーパーウーマンか。(いつ母乳あげてるの?Dr.houseで母乳は赤ちゃんの抗体を作る上で超重要って言ってたよ。託児所あるんだっけ?)

そういったスーパーウーマンを見て、私には到底できない、こんなにできないとキャリアは歩めないんだ、、と逆に絶望を知らしめることにもなりかねない。

 まぁとにかく男性よりも緻密にライフプランを立てないと、やりたいことを実現することがとても難しいんじゃないかと感じてる。そして緻密にライフプランを立てないといけない時点で、自由が奪われている気がどうしてもしてしまう。

 

そうは言っても、女性はやはり結婚に逃げられるという最高で最強の武器があるのも否めない。最近は結婚に逃げられるほど男性の年収も高くないけどね。

 

あともう1つ。

女性活躍推進の裏に潜む、女性らしさ、女性の感性を活かしてねというプレッシャー。男性的なものの見方を求められつつも、いざとなったら女性らしくいてね、女性のメリット活かしてね。ってやつ。これは小島慶子の年収が妻の方が多くて家庭内の立場が逆転している夫婦の夜の生活の違和感、という記事にあった話に似ているのだろうか。まぁこれを武器にする人もいるから、何とも言えないか。

とりあえず私には息苦しい女性らしさで勝負してね、のプレッシャー。です。

 

こんな取り留めもないことは、性差によるもので変えようがない、仕方ない、と今の時代では考えられているけど、もしかしたら数百年後「あんな古臭い時代もあったよねー」と言われるように時代が変わるのかは、今生きている人たちは知るよしもない。

個人の働き方に会社が合わせるしかない

この記事も私の考えに限りなく近い。

たぶん、何行目から出てくる

"だったら、ITを駆使して、気の利いたスマートな国を目指そう、と。「日本企業ってさすがのハイテクカンパニーだよね」と言われるくらいになれば、日本はもっと、生き生きとしたカッコいい国になれる"

これが一番近い。

 

この文だけだと伝わらないので全文読んでみてください。ただ、働き方は法律では縛れない、もうみんな違う働き方しちゃってる、的なことが書いてあるけど、そういう実感はやはりない。もちろん副業兼業が選択肢としてあるし、私も一部そういうシフトチェンジをしてはいるけど、自由な働き方が自ずと立ち上がって世の中を座間する様は実現にはまだ遠いと思う。少なくとも自分がバリバリ働ける年齢のうちの実現は、より想像できない。

それこそIT的なキューが必要なんだな。

 

【個人の働き方に会社が合わせるしかない】

https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m001206.html